ファッションを愉しむためのプレイリスト 02 映画編

 

西洋には「Clothes make the man」ということわざがあります。シェイクスピアの『ハムレット』の台詞に由来する言葉ですが、「身なりは人を表す」という意味です。もしくは、「身なりが人を形成する」というふうに捉えることもできるでしょう。

 

私たちは、自分の外見を着飾ることを通じて、自分とは誰かを認識し、あるいは他者から認識されます。さて、今回も引き続き、映画(洋画)をご紹介します。

 

 

 

3. 『わたしはロランス』(2012

 

カナダの鬼才グザヴィエ・ドランが23歳のときに監督した作品。高校の国語教師であるロランスは、あるとき恋人の女性フレッドに、「これからは女として生きたい」と告げる。これまでの自分は偽りの人生を生きてきたのだと。唐突にそう切り出されたフレッドは、これまでの2人の時間も偽りだったのかと混乱するが、ロランスの気持ちを理解しようと心に決める。それから数日後、ロランスは女装した姿で教壇に立つ。

 

さて、ここから映画は2時間ほど続きます。身体は男、心は女として生まれたロランスは、自分が女であることを周りの人たちに認識してもらうために女装をして生きる。その生きづらさが2時間という長さで描かれていきます。舞台は、80年代終わりから90年代のモントリオール。トランスジェンダーに対する理解が今よりも進んでいなかった時代、ロランスに向けられる周囲からの視線は冷ややかなものでした。

 

ファッションは自己表現だとよく言われます。しかし、社会に生きる私たちは、好きな服を自由に着れるわけではありません。市場に出回っている服のなかから似合いそうなものを選び、他者の視線を気にしながら装っています。それを私たちは自己表現だと捉えているわけですが、このことを踏まえると、ファッションは決して自由ではありません。そして、そこに生きづらさを感じる人がいるのは確かです。

 

色とりどりの服が空から舞い落ちてくる場面は、映画史に残る名シーンです。さて、このシーンは一体何を表しているのでしょうか?

 

 

 

 

 

4. 『リリーのすべて』(2016

 

世界で初めて性別適合手術を受けたとされるデンマーク人画家リリー・エルベ(アイナー・ヴェイナー)と、その妻ゲルダの伝記に基づくお話です。肖像画家であるゲルダに女性モデルの代役を頼まれたアイナーは、女性用のタイツに足を通す。その瞬間、彼のなかの何かが弾け、次第に「リリー」という人格が芽生え始める…。

 

ハロウィンでコスプレをしたとき、普段とは違うテイストの服に袖を通してみたとき、いつもと違う自分になったような感覚に陥ったことはないでしょうか。新しく買ったコート、最初のうちはうまく着こなせなくて、そわそわする。でも段々と身体にも馴染んできて、気が付いたら私らしい一着になっていた。

 

アイナーの身に起こったのも、もしかしたらそういう感覚で、女性用のドレスや下着の繊細なつくりに魅了され、それらに身体が包まれることの快楽を覚え、次第にハマっていく。装うことを通じて、身も心もリリーという人格に馴染んでいく様子を、エディ・レッドメインが好演しています。特に、視線の演技にはグッと引き込まれる色気があります。

 

女装をするなかで、アイナーは自分の内にもともとあった性別違和に気付き、女として生きることを決意する。そのときアイナーが選択したのは、性別適合手術を受けるということ。手術を受けるために単身ドイツに渡るアイナーを優しく見送るゲイナーの心情には、想像を絶するものがあります。

 

「君はアイナーを愛している。彼を消しに行く」とアイナー(=リリー)に言われたゲイナーは、首に巻いていたストールをそっと手渡す。このストールが、映画のラストでフィヨルドの空へと舞うですが、風に揺れる布の美しさにどうぞ酔いしれてください。

 

 

 

 

 

ファッションとジェンダーには、切っても切り離せない関係があります。

 

菊田琢也(専任講師)

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