銅版画で綴る近代建築の魅力 その4

平井邸 平井邸へは東急大井町線の自由が丘駅(東急東横線も乗り入れ)と緑が丘駅、そして東急目黒線の奥沢駅が利用でき、各駅から徒歩10分以内という交通の至便な住宅街にあります。

同邸は昭和5(1930)年頃に、若目田利助(1879~1960)が建てました。若目田は逓信省(郵便、通信を管轄する官庁)の技師で、日本電話会社の社長を務めました。昭和26(1951)年に日本勧業銀行の社宅となり、昭和29年、同銀行の常務であった平井健吉が買い取りました。

前回(その3)紹介したように、昭和戦前の多くの住宅は玄関脇に洋間を配した和洋折衷式で、平井邸もその良い事例となります。またこの時代の住宅は中廊下式と言って、東西に走る長い廊下の南側に居室を並べ、北側に水回り(浴室、便所、台所)を集約させる間取りを持ちます。平井邸では中廊下のほかに居室同士の間にも廊下を通し、プライバシーを確保しています。また、収納部分が床面積の2割ほどあり、施主のこだわりを感じさせる造りとなっています。

平井邸の洋間(応接室)の床は寄木張り、壁は天井高の約3分の2までを木製のパネルで覆い、残りを白の上塗りとし(一部壁紙使用)、格天井(ゴウテンジョウ)には突板(ツキイタ:薄く殺いだ板)を使用しています。

戦前の家具類は残りにくいのですが、同邸には多くの照明器具がそのまま使われ、とくに洋間の応接セット(ソファ、丸テーブル、椅子)は創建時のインテリアの好みをよく伝えていて貴重です。

(教授 堀内正昭)

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