銅版画で綴る近代建築の魅力 その12

東京駅の西側に丸の内オフィス街が広がります。そこは江戸時代に多くの大名屋敷があったところで、駅前に大名小路という通りがあるのはその名残です。この通りを南に歩くと、馬場先通りとの交差点に三菱一号館美術館が現れます。なぜ、この建物に三菱一号館という名が付いているのでしょうか。

時は明治23(1890)年に遡ります。この年、三菱社は政府の払い下げを受けて丸の内にオフィス街の開発を始めました。その最初の建物を一号館と呼んだのです。設計は、わが国の近代建築の父と称されるイギリス人建築家ジョサイア・コンドル(1852~1920)で、建物は明治27(1894)年に竣工しました。

軒高50尺(約15m)の煉瓦造3階建てで、壁面に赤煉瓦、基壇部に花崗岩、開口部の枠ならびに隅石に安山岩を使用し、屋根は天然スレート葺きでした。その後一号館を基準にして陸続と煉瓦造建築が立ち並び、気品ある都市景観がこの地に生まれました。しかし残念なことに、一号館は昭和43(1968)年に取り壊されました。今私たちが見ているのは、平成21(2009)年に創建時の姿に復元された建物なのです。復元に際して多くの資料が掘り起こされ、解体時に保管されていたオリジナルの部材(窓枠、手摺、マントルピースなど)の一部が使われました。

室内ではかつての銀行営業室が蘇りました。6本の巨大な独立円柱が支える2階分吹抜けの空間は、カフェとして気軽に利用でき、時折ドラマのロケに使われています。

明治時代の構法に倣って煉瓦を積上げ、細部の形状に至るまで忠実な仕上げに拘った一号館は、歴史の再現であるとともに今度は美術館として歩み出しています。

(教授 堀内正昭)

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