ファッションデザインマネジメントコースの『2024年度卒業研究作品集』データを公開します。
最優秀制作賞
The inside ―衣服の内部構造と制作過程の記録に関する研究―
鈴木 里菜
私たちの生活に密接した衣服。その背景を理解して着用している人は少ない。服作りにおける情報の不透明性を打開すべく、トレーサビリティの重要性に着目した。衣服の内側に光を当て、隠れた構造をデザインとして再構築した。また制作過程を言葉によって記録し、伝える。思考、プロセス、技術を公開することで、制作物の透明性を高め、伝え方の検討を行いながらファッションと言葉の関係性について考える。
講評
ベースとなるウィメンズジャケットを3つの方法で解体・再構築し、制作された各LOOKは、通常は表に出ることのない服の内部構造や制作過程をあらわにする。裏地や下着が表面に現れ、型紙やしつけ糸がそのまま残されることで、衣服の「内側」が視覚化される。表地と裏地の間にある袋状の空間に詰めこまれたチュールは、ジャケットのフォルムを変形させ、独自の動きを与える。ジャケットについての確かな知識と技術に裏打ちされたものであり、その精緻さが際立っている。彼女には、全体をまとめ上げるための想像力があり、スタイリングにおけるセンスもまた、非常に優れている。加えて、制作過程を言葉と映像で記録し、それを第三者に示す姿勢からは、制作に要した膨大なリサーチと思考の積み重ねがしっかりと伝わってくる。コレクション制作においてデザイナーがどのように思考を深めていき、形にしていくかという過程は、しばしば十分に明示されることはないが、彼女はその過程を丁寧に記録し、提示したのである。また、現代において求められる透明性やトレーサビリティといった社会的側面にも十分に配慮している。研究とは、その過程にこそ真髄があり、評価されるべきはまさにその点に他ならない。
優秀制作賞
abstract clothing ―服を抽象化させる―
亀山 咲菜
ジャケットやスカートのように、服はアイテムごとに分類し捉えられる。あるいは、見頃や袖といった複数のパーツを組み合わせることで構成されている。これらの枠や境界を取り払うことができたら、服の表現の可能性はもっと広がるのではないか。そこで、本研究では、「服の抽象化」と「抽象芸術の表現」を掛け合わせ、服の具象的な要素を取り払い、身体・色彩・造形・素材の境界を曖昧に表現する提案を行った。
講評
服を抽象化するというアプローチは、一見奇妙に感じられるかもしれないが、言い換えれば、衣服の境界を問い直す作業であり、ファッションの可能性を広げる挑戦的な試みである。色使いと素材選びのセンスは抜きん出たものがあり、それが作品に深みとオリジナリティを与えている。本研究では、抽象芸術で用いられる手法を参照することで、衣服のパターンを再考し、組み合わされるアイテムや部位の境界を曖昧にしている。また、テキスタイルの色味や柄、素材感といったものも不明瞭にすることで、視覚的な解釈の幅を広げている。例えば、パブロ・ピカソのキュビスムを方法論として取り入れたLOOKでは、前と後ろ、横の部位が捩れて展開され、服が立体的に捉え直される。さらに、オーガンジーに毛糸を無数に縫い込んでいくことで、油彩の凹凸感を表現している。また、マーク・ロスコの抽象画から着想したLOOKでは、ソフトチュールを薄く染織した生地を複数重ねる多層構造によって、曖昧で深みのある色合いが生まれている。この途方もない労力は筆舌に尽くし難い。本研究は、試作から本制作にかけて、素材の加工実験やパターンの検証を何度も繰り返すことで進められた。とにかく手を動かし、考え続ける。その過程を経て完成したのが本作である。その結果、全体と部位のバランスが整った、佇まいの美しい服に仕上がった。
コース賞
skin texture ―移りゆく自然―
林 ひかり
私たちの身体や生活と同じように、自然界もまた絶えず緩やかに変化し続けている。日常の中の自然を流動するものとして見つめ直し、時間の経過や環境の影響によって起こる表面=皮膚の変化をテキスタイルに落とし込んだ。具体的には、水の波紋、カビの繁殖、木漏れ日、人間の皮膚などである。さらに、布を撚る・裂く手法で独自の加工を施した。自然との共存の重要性を再認識させるきっかけをつくる。
コース賞
Re:Veil ―ロックミシンからなる服飾デザインの探究―
安藤 舞
ロックミシンの縫い目をあえて表面化し、隠された機能をデザイン要素として再解釈した服飾デザインを探求した。本研究では、テグスや毛糸を活用し、縫い目の立体性と装飾性を追求。また、空環技法を用いた編み込みにより、素材の柔らかさと構築性の融合を試みた。これらの手法で「隠されたものを表に引き出す」新しい衣服表現を模索した。ロックミシンの特性を最大限に活かし、衣服の可能性を拡張するデザインの提案である。
コース特別賞
keep the shape ―シワの研究―
佐藤 布結子
不規則なシワ、ゆとり、凹凸の形状を常に保つ方法として、エポキシ樹脂という液剤によって固めるという技法を考案し、制作を進めた。ルックごとにシワの分類や形状、意図を変えつつ、自身が表現したいビジュアル的なイメージにも変化をつけながら、重力に逆らう造形を保つことや立体のフォルムを抜け殻として形状を保つこと、人間の体の形を象り、自由な造形を作ることを実現させた。
優秀論文賞
中古衣料におけるお古の特徴 ―譲り手の情報から感じるオーセンティシティとは―
早川 みずき
環境配慮への意識が高まる一方で、中古衣料の強みである価格の低さは薄れつつある。そこで人の温かみや面影を感じられる中古衣料としてお古に注目し、特徴を探った。お古とは、第三者を介さず譲り手から貰い手に直接譲渡される中古衣料のことである。従って、譲り手-貰い手の信頼関係が重要であり、自由度の高いやりとりをすることができる。そうした流通形態に注目することから考察を進めた。その際に、本物らしさを意味する「オーセンティシティ」という概念を援用した。お古に特徴的な情報は、譲り手の記憶や思い入れといった個人的な情報であるため、貰い手が主観的なオーセンティシティを感じやすい。従って、お古を譲り渡す行為は物の再利用にとどまらず、人と人とのつながりを生み出し、社会的、文化的に新たな価値をもたらすことができると考えられる。
Keywords:
お古/オーセンティシティ/情報/付加価値/流通/人のつながり
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